2018年5月30日水曜日

面白い南京弁

私の町は中国の南京です。南京は中国の南、揚子江の近くにあります。今、町の人口は約千万人で、面積はおよそ6597万平方キロメートルです。南京は非常に親切な都市です。道で知らない人に話し掛けても、彼らは絶対に優しくて熱心に町のことを教えてくれます。しかし、南京の気候はとても嫌いです。その理由は、南京は暖かい春と涼しい秋がありません。十一月から四月まで、気候は厳冬のような寒いです。そして、四月から五月までは一か月間の梅雨があります。この間に、毎日雨が降っています。そして、夏になると、平均気温は42度に達します!!

日本には様々な方言があります。例えば、関西弁とか、沖縄方言とか、東京方言などです。中国も異なる地域に違う方言があります。そして、他の地域の方言が分からないこともよくあります。しかし、小さい町の南京でもほぼ六つの方言があります。同じ南京市ですけど、一つの区から他の区へ行ったら、交流できないこともよくあります。たとえ南京の人でも自分が住んでいる以外の区の方言が分からないこともよくあります。昔、南京は中国の中心や首都だったことがあります。そのため、たくさんの人は全国各地から南京に来ました。同時に多くの方言も持って来ました。そして、同じ方言を操る人は市内のある所に集まって住んでいました。それが原因で、南京弁の多様性をもたらしました。近年、標準語が普及しているので、この状況はちょっと好転しました。しかし、もし南京弁が喋られば、いくつかの利便があります。買い物の時、もし南京弁を使ったら、値段が安くできるかもしれません。また、公園に行く時、管理人に挨拶すれば、入園料は無料になることもあります。


では皆さん、時間があればぜひ南京に来て、面白い南京の方言を聞いてください!

2018年5月26日土曜日

アンさんが好きなアイドルグループ

私が読んだブログは、アンさんのブログです。アンさんは2NE1という韓国のアイドルグループが好きだそうです。アンさんは元々ビッグバンのファンですが、段々同じ事務所の女性グループと気になってしまいました。そしてある日、アンさんは2NE1のミーュジックビデオを見て、自信たっぷりと個性がある彼女たちに感動したそうです。それから、アンさんは2NE1のファンになって、2NE1の毎回新しい曲やミーュジックビデオのリリースにすごく楽しんだそうです。

実は、私も2ne1のファンです。私はアンさんの同じな考えを持って、2ne1は女性アイドルグロープ中に特別な存在だと思います。グループが解散した時極めて悲しかったです。私も、2ne1四人でもう一度ステージの上で歌えるようになることを期待して祈っています。そして、アンさんがアップした曲は私が一番好きな「come back home」です!感動しました。2ne1を皆に紹介して、嬉しくて感謝申し上げます。

2018年5月16日水曜日

私の好きな歴史上の人物―「石田三成」

 

私は歴史が好きです。特に日本の戦国時代の歴史が大好きです。その時代に、「石田三成」という一人の男がいました。彼は私の一番好きな歴史上の人物です。


石田三成さんは安土桃山時代の大名です。最初はある寺の小姓でしたが、「三献茶」(三献茶の説明:ある日、豊臣秀吉が鷹狩をした時に、喉が渇きなので寺にお茶を頼みました。そのとき対応した寺の小姓がまず持ってきたのが、大きな茶碗いっぱいのぬるめのお茶。 喉が渇いていた秀吉はそれを一気に飲み干し、もう一杯お茶を頼むことにしました。 次に小姓はさっきよりもやや小ぶりな茶碗に少し熱いお茶を半分ほど入れて持ってきます。ゆるりとそれをまた飲み干し、秀吉はもう一度お茶を所望。そして最後に小姓が出したお茶は小ぶりの茶碗に熱く点てたものでした。注1)というエピソードで、感動した秀吉はそのままこの小姓を城に連れ帰り家臣としました。この小姓は石田三成です。それから三成は豊臣政権の奉行として活動しました。しかし、三成は日本の運命を決めた関ヶ原の戦いの西軍の総指揮としてよく知られています。天下人の豊臣秀吉が死んだ後、徳川家康を倒すために西軍を組織しましたが、1600年、関ヶ原の戦いにおいて敗れ、京都で殺されました。石田三成の素晴らしくて悲しい人生も終わりました。

 去年、映画館で『関ヶ原』という日本映画を見ました。映画中の三成さんはたとえ窮地にも諦らめず、万民と正義のために戦います。私は彼の行為に心から感動し、彼を尊敬します。その後、私はネットで石田三成の情報を探して、読みました。一番気に入ったのは「大一大万大吉」を組み合わせた石田三成の紋です。その意味は、「一人が万民のために、万民は一人のために尽くせば、天下の人々は幸福(吉)になれる」です。この紋を見ると、すぐ心から「この男、知音じゃないですか」という感覚が出てきました。しかし、三成の才能や抱負を本当に認める人は大谷吉継と島左近しかいませんでした。同じ戦国時代に、有名な英雄がいっぱいいました。例えば、織田信長とか、徳川家康とか、豊臣秀吉などです。しかし、石田三成は彼らと違います。どこがと言うと、志です。他の多くの人は自分の利益または家族のために戦います。それに対して、石田三成は忠義と万民が幸せになるために、重任を担って、皆と一緒に徳川家康を倒すために戦いました。つまり、彼の真っ先に思い浮かべることは主君豊臣氏と万民のことです。

石田三成から有意義な人生を見つけました。私も三成さんのような自分のためではなく他の人のために生きている人になりたいです。そして、彼の諦めない性格と忠義と友情を重視する品格は私の三成が好きな理由になりました。

石田三成についてもっと知りたい人は私に聞いてください!

引用文献:
1.石田三成とお茶の逸話。三献茶や大谷吉継の話の真偽に迫る!