2018年5月16日水曜日

私の好きな歴史上の人物―「石田三成」

 

私は歴史が好きです。特に日本の戦国時代の歴史が大好きです。その時代に、「石田三成」という一人の男がいました。彼は私の一番好きな歴史上の人物です。


石田三成さんは安土桃山時代の大名です。最初はある寺の小姓でしたが、「三献茶」(三献茶の説明:ある日、豊臣秀吉が鷹狩をした時に、喉が渇きなので寺にお茶を頼みました。そのとき対応した寺の小姓がまず持ってきたのが、大きな茶碗いっぱいのぬるめのお茶。 喉が渇いていた秀吉はそれを一気に飲み干し、もう一杯お茶を頼むことにしました。 次に小姓はさっきよりもやや小ぶりな茶碗に少し熱いお茶を半分ほど入れて持ってきます。ゆるりとそれをまた飲み干し、秀吉はもう一度お茶を所望。そして最後に小姓が出したお茶は小ぶりの茶碗に熱く点てたものでした。注1)というエピソードで、感動した秀吉はそのままこの小姓を城に連れ帰り家臣としました。この小姓は石田三成です。それから三成は豊臣政権の奉行として活動しました。しかし、三成は日本の運命を決めた関ヶ原の戦いの西軍の総指揮としてよく知られています。天下人の豊臣秀吉が死んだ後、徳川家康を倒すために西軍を組織しましたが、1600年、関ヶ原の戦いにおいて敗れ、京都で殺されました。石田三成の素晴らしくて悲しい人生も終わりました。

 去年、映画館で『関ヶ原』という日本映画を見ました。映画中の三成さんはたとえ窮地にも諦らめず、万民と正義のために戦います。私は彼の行為に心から感動し、彼を尊敬します。その後、私はネットで石田三成の情報を探して、読みました。一番気に入ったのは「大一大万大吉」を組み合わせた石田三成の紋です。その意味は、「一人が万民のために、万民は一人のために尽くせば、天下の人々は幸福(吉)になれる」です。この紋を見ると、すぐ心から「この男、知音じゃないですか」という感覚が出てきました。しかし、三成の才能や抱負を本当に認める人は大谷吉継と島左近しかいませんでした。同じ戦国時代に、有名な英雄がいっぱいいました。例えば、織田信長とか、徳川家康とか、豊臣秀吉などです。しかし、石田三成は彼らと違います。どこがと言うと、志です。他の多くの人は自分の利益または家族のために戦います。それに対して、石田三成は忠義と万民が幸せになるために、重任を担って、皆と一緒に徳川家康を倒すために戦いました。つまり、彼の真っ先に思い浮かべることは主君豊臣氏と万民のことです。

石田三成から有意義な人生を見つけました。私も三成さんのような自分のためではなく他の人のために生きている人になりたいです。そして、彼の諦めない性格と忠義と友情を重視する品格は私の三成が好きな理由になりました。

石田三成についてもっと知りたい人は私に聞いてください!

引用文献:
1.石田三成とお茶の逸話。三献茶や大谷吉継の話の真偽に迫る!

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